「昨日まであんなに好きだったのに、急にどうでもよくなった」
「ずっと会いたかったのに、相手が振り向いてくれた途端、逃げたくなった」
「ほんの少し嫌なことをされた瞬間、その人の全部が嫌いになった」
恐れ回避型の愛着について調べていると、こんな話をよく見かけます。
これを、
「蛙化しただけ」
「本当は好きじゃなかった」
「冷めやすい性格なんだ」
と説明することもできます。
もちろん、本当に気持ちが冷めることだってあります。
人の気持ちは変わるものです。
でも心理学の「対象関係」という考え方から見ると、もう一つ違った見方ができます。
もしかすると、
本当に愛情が消えたのではなく、一時的に相手の“悪い部分”しか見えなくなっているのかもしれない。
今回はそのことを、
「分裂」
と
「対象恒常性」
という2つの心理学の言葉を使って考えてみます。
名前は難しそうですが、できるだけ身近な例で説明します。
まず「恐れ回避型」って何?
恐れ回避型の人は、すごく簡単に言うと、
人と親しくなりたい気持ちも強いけれど、人と親しくなることへの怖さも強い
という傾向があります。
たとえば、
「好きな人にもっと近づきたい」
と思う。
LINEが返ってこないと不安になる。
会えないと寂しい。
「もっと私のことを好きになってほしい」
と思う。
ところが、いざ相手が、
「僕も好きだよ」
「もっと会いたい」
「ずっと一緒にいたい」
と近づいてくる。
すると今度は、
「なんか怖い」
「重い」
「一人になりたい」
「逃げたい」
という気持ちが出てくる。
そして距離を取る。
でも、相手が本当に離れていくと、
今度は、
「待って」
「やっぱり行かないで」
となる。
つまり、
近づきたい。
でも、
近づかれると怖い。
そして、
離れたい。
でも、
本当に離れられると寂しい。
そんな矛盾した気持ちを抱えやすいのが、恐れ回避型の一つの特徴です。
人は最初から、相手を「一人の人間」として見られるわけではない
ここで少しだけ赤ちゃんの話をします。
赤ちゃんにとって、人間という存在はかなり複雑です。
たとえばお母さんが、
あるときは笑顔で抱っこしてくれる。
お腹が空いたらミルクをくれる。
泣いたら優しくあやしてくれる。
赤ちゃんからすると、
「うれしい」
「安心する」
存在です。
でも別のときには、
泣いてもすぐ来てくれない。
お腹が空いているのに、なかなかミルクが来ない。
赤ちゃんからすると、
「苦しい」
「イヤだ」
という体験になります。
大人だったら、
「今はお母さんも忙しいんだろうな」
「いつも優しい人だけど、今日は疲れているのかな」
と考えられます。
でも小さな赤ちゃんには、まだそんな複雑な理解はできません。
だから心の中では、
自分を満たしてくれる“よいお母さん”
と、
自分を苦しませる“わるいお母さん”
が、別々の存在のように感じられる時期がある。
心理学では、こうした考え方を説明するとき、
「よい対象」
「わるい対象」
という言葉を使います。
ここでいう「対象」というのは、
物のことではありません。
簡単に言えば、
自分にとって大切な人
くらいに考えてください。
「分裂」とは、白か黒かになってしまうこと
ここで出てくるのが、
分裂(splitting)
という考え方です。
分裂とは、
相手の「よい部分」と「わるい部分」を、
同じ一人の人間の中に一緒に置いておくことが難しくなる状態
です。
たとえば、
昨日までは、
「この人は最高」
「こんなに優しい人はいない」
「この人だけは絶対に私を裏切らない」
と思っていた。
ところが今日、少し冷たいLINEが返ってきた。
すると突然、
「やっぱり最低な人だった」
「全部嘘だったんだ」
「もう信用できない」
「関わりたくない」
となる。
本当は、
「優しいところもあるけど、今日は冷たく感じた」
くらいが現実に近いですよね。
でも感情が強くなっていると、
100点か0点か。
味方か敵か。
最高か最低か。
のように、一気に両極端になってしまうことがあります。
これが「分裂的な見方」の一例です。
「白黒思考」と「分裂」は、似ているけれど少し違う
ここで、
「それって白黒思考じゃないの?」
と思った人もいるかもしれません。
たしかに、見た目はかなり似ています。
でも心理学では少し意味が違います。
白黒思考は、
「成功か失敗か」
「100点じゃなければ意味がない」
「一回嫌われたら全部終わり」
のように、
物事を0か100かで考えてしまう“考え方のクセ”
です。
一方の分裂は、もう少し人間関係や自分自身の感じ方に深く関係しています。
たとえば、
「優しくて大好きな恋人」
と、
「自分を傷つける最低な恋人」
を、
“良いところも悪いところもある、同じ一人の人間”として心の中に置いておくことが難しくなる。
自分についても同じです。
テストで100点を取った。
「自分はすごい」
と思う。
でも次のテストで失敗する。
すると、
「私は何をやってもダメな人間だ」
となってしまう。
つまり分裂では、
「良い自分」と「悪い自分」
「良い相手」と「悪い相手」
が、心の中でうまくつながらなくなることがあります。
少し脱線しますが、「境界性パーソナリティ」とも関係があります
「分裂」という言葉は、境界性パーソナリティを理解するときにも重要な概念です。
境界性パーソナリティの特徴が強い人では、
強い怒りや不安、
「捨てられるかもしれない」
という怖さなどが大きくなったとき、
相手を、
「この人しかいない」
「世界で一番大切な人」
と思っていたのに、
ちょっと傷つけられた瞬間、
「最低」
「もう二度と信用しない」
と極端に感じることがあります。
昨日までは、
「100%いい人」
だった相手が、
今日は、
「100%悪い人」
に見える。
精神分析では、こうした状態を、
「よい対象」と「わるい対象」を、一人の人間として統合して持つことが難しくなっている
と考え、
「分裂」という防衛機制から理解することがあります。
ただし、これはかなり大事なことですが、
白黒思考がある=境界性パーソナリティ
ではありません。
また、
分裂的な見方をすることがある=境界性パーソナリティ
でもありません。
強いストレスや大きなショックを受ければ、誰だって一時的に、
「あいつは最低だ」
「もう全部終わりだ」
と極端に考えることはあります。
恐れ回避型と境界性パーソナリティも、同じものではありません。
ここで診断名をつけたいわけではありません。
大切なのは、
強い感情が起きたときに、“相手の一部分が、その人の全部になっていないか”
と気づくことです。
恋愛でも「よい相手」と「わるい相手」が入れ替わることがある
では、恐れ回避型の恋愛に戻ります。
こんなことが起こることがあります。
付き合う前。
「この人なら私のことを分かってくれる」
「こんなに好きになった人はいない」
「ずっと一緒にいたい」
と思っている。
ところが付き合い始める。
距離が近くなる。
相手のいろいろな部分が見えてくる。
返信が少し遅かった。
言い方が少し冷たかった。
約束を忘れられた。
自分が期待したほど優しくしてくれなかった。
すると突然、
「この人も結局同じだった」
「信用できない」
「もう無理」
「なんか急に冷めた」
となる。
そして距離を取る。
返信しなくなる。
会いたくなくなる。
場合によっては、ブロックしたくなるほど嫌になる。
ところが相手が本当に離れていくと、
今度は、
「やっぱり好きだった」
「戻ってきてほしい」
となる。
周りから見れば、
「え、結局どっちなの?」
となります。
本人自身も、
「私にも分からない」
となることがあります。
では、本当に愛情が消えたのでしょうか
ここで大切なのは、
必ずしも愛情が消えたとは限らない
ということです。
もちろん、本当に気持ちが冷めている場合もあります。
そこは忘れてはいけません。
でも別の可能性もあります。
強い不安や恐怖が出たことで、
相手のよかった部分を一時的に思い出しにくくなっている。
たとえば、
「この人に捨てられるかもしれない」
「また傷つけられるかもしれない」
という怖さが一気に強くなった。
すると頭の中が、
「この人は危険だ」
でいっぱいになる。
昨日まで感じていた、
「優しかった」
「楽しかった」
「大切にしてくれた」
という記憶は消えていない。
でも、その瞬間はうまく感じられない。
だから本人にとっては、
本当に全部嫌いになった
ように感じます。
ところが、数日たって気持ちが落ち着く。
すると、
「あれ……やっぱり好きかもしれない」
となる。
だとしたら、
「愛情が突然ゼロになった」
というより、
怖さが強くなったことで、“好きだった自分”にアクセスできなくなった
と考えたほうがしっくりくる場合もあります。
ここで「対象恒常性」が出てくる
もう一つ大切なのが、
対象恒常性
という考え方です。
言葉は難しいですが、意味はそんなに難しくありません。
たとえば、
仲のいい友達とケンカしたとします。
ものすごく腹が立っている。
「最悪」
と思う。
でも同時に、
「でも今まで何回も助けてもらった」
「今日の言い方は嫌だったけど、友達として大切なのは変わらない」
と思える。
これが対象恒常性を理解する一つのイメージです。
つまり、
相手の態度が変わったり、相手が目の前にいなかったりしても、その人との関係や、その人についてのイメージを心の中である程度安定して持っていられること。
恋愛なら、
「今日は返信が遅い」
と、
「もう愛されていない」
を分けられる。
「今日はすごく腹が立っている」
と、
「この人との関係全部が最悪だ」
を分けられる。
これができると、人間関係はかなり安定します。
「嫌いだけど好き」が持てることは、実はすごい
人間関係が成熟してくると、
ちょっと不思議なことができるようになります。
それは、
矛盾した気持ちを同時に持つこと
です。
「この人のことは好き。
でも、この行動には腹が立っている」
とか、
「お母さんのことは大切。
でも、今はめちゃくちゃウザい」
とか。
自分についても同じです。
「失敗した自分は嫌だ。
でも、だからといって自分の全部がダメなわけではない」
と思える。
よく考えると、人間はみんな矛盾しています。
優しいけど、たまに冷たい。
真面目だけど、怠けることもある。
好きだけど、腹が立つ。
会いたいけど、一人にもなりたい。
だから成熟した人間関係は、
白か黒かを決めることではありません。
むしろ、
「どっちもある」を持てること
なのだと思います。
恐れ回避型では、強い不安のときに「どっちもある」が難しくなることがある
ここで誤解してほしくないのですが、
恐れ回避型の人はみんな分裂している
と言いたいわけではありません。
そんな単純な話ではありません。
普段なら、
「この人にはいいところも悪いところもある」
と普通に考えられている。
でも恋愛で強い不安が出た瞬間、
それが難しくなることがあります。
「捨てられるかもしれない」
「裏切られるかもしれない」
「傷つけられるかもしれない」
という怖さがものすごく強くなる。
すると心が、
安全か、危険か
を急いで判断しようとする。
その結果、
昨日まで大好きだった相手が、
急に、
「危険な人」
に見える。
だから逃げる。
これは単なる、
「気まぐれ」
と考えるよりも、
心が自分を守ろうとしている
と見ると理解しやすい場合があります。
なぜ「嫌い」になることが自分を守ることになるの?
ここはかなり大切なところです。
想像してみてください。
大好きな人に、
「もう会えない」
と言われたら、
ものすごく悲しいですよね。
でも、その人のことを、
「最低な人だった」
「どうでもいい」
「むしろ嫌い」
と思えたらどうでしょう。
少し離れやすくなります。
大好きな人を失うより、
嫌いな人と別れるほうが楽です。
つまり場合によっては、
相手を嫌いにすることで、相手を失う悲しみから自分を守っている
ことがある。
もちろん本人が、
「よし、嫌いになって自分を守ろう」
と考えてやっているわけではありません。
もっと自動的です。
心が、
「この人を好きなままだと傷つく」
「だったら、嫌いな人にしてしまったほうが安全」
と動くようなイメージです。
でも相手が離れると、「好き」が戻ってくる
ここが恐れ回避型のつらいところです。
相手が近くにいる。
↓
親密になる。
↓
怖くなる。
↓
相手の悪いところばかり見える。
↓
「もう嫌い」
↓
離れる。
↓
相手が本当に離れる。
↓
今度は見捨てられる怖さが出てくる。
↓
「待って」
↓
「やっぱり好きだった」
となる。
つまり、
近づくと逃げたくなる。
でも、
離れると追いかけたくなる。
本人も振り回されます。
相手も振り回されます。
でも大事なのは、
その瞬間その瞬間では、
どちらの気持ちも本人にとっては本物
だということです。
「本当の気持ちはどっち?」と聞かなくてもいい
こういう状態になると、
本人も周囲も、
「結局好きなの?」
「嫌いなの?」
「本当の気持ちはどっちなの?」
と考えたくなります。
でも、もしかすると問い方を変えたほうがいい。
「どっちもあるんじゃない?」
です。
好き。
でも怖い。
会いたい。
でも逃げたい。
信じたい。
でも疑っている。
大切にされたい。
でも大切にされると落ち着かない。
一見すると矛盾しています。
でも、人間には矛盾した気持ちが普通に存在します。
そして実は、
その矛盾を、どちらか一方を消さずに持っていられること
が大切なのだと思います。
「怖いけど好き」
でいい。
「腹が立つけど大切」
でもいい。
「一人になりたいけど別れたいわけではない」
でもいい。
心の中を、
白か黒かに決めなくてもいいんです。
「突然冷めた」とき、すぐに結論を出さなくてもいい
もし自分に、
「昨日まで大好きだったのに、今日突然全部嫌になった」
ということが起きたら、
その瞬間に、
「もう別れよう」
「全部終わり」
と決めなくてもいいかもしれません。
少しだけ時間を置いて、
こんなふうに考えてみる。
「冷める直前、何があった?」
相手との距離が急に近くなっていなかった?
将来の話をされなかった?
急に「好き」と強く伝えられなかった?
逆に、返信が来なくて捨てられそうに感じなかった?
何かにがっかりしなかった?
傷つかなかった?
そしてもう一つ。
「嫌いになる前、本当は何を感じていた?」
もしかすると、
「冷めた」
の下に、
怖い
悲しい
傷ついた
裏切られた気がした
見捨てられたくない
という気持ちが隠れているかもしれません。
対象恒常性がある=何をされても相手を好き、ではない
ここも大事です。
「相手の良いところも悪いところも見よう」
という話をすると、
「じゃあ嫌なことをされても我慢するの?」
と思うかもしれません。
違います。
対象恒常性が育っていることと、
嫌なことを我慢することは別です。
怒っていい。
別れていい。
距離を取っていい。
自分を傷つける人からは離れていい。
大切なのは、
一つの出来事だけで、相手の“全部”を決めないこと。
「あの行動は嫌だった」
と、
「あの人は100%悪い人だ」
は違います。
「私は失敗した」
と、
「私は価値のない人間だ」
も違います。
「この関係は合わなかった」
と、
「私は誰とも幸せになれない」
も違います。
少しずつ、
白と黒の間にある色を増やしていく。
それが、自分と他人を安定して見られるようになることにつながっていきます。
「近づきたい。でも離れたい」の正体
恐れ回避型の「突然の冷め」は、
本当に気持ちが冷めた場合もあります。
そこを何でも心理学の言葉で説明する必要はありません。
でも、
それだけでは説明できない「突然の冷め」もある。
相手との距離が近くなり、
怖さが強くなった。
心が、
「危険だ」
と判断した。
すると昨日まで見えていた相手の優しさが見えなくなり、
悪いところだけが一気に大きくなった。
その結果、
「もう好きじゃない」
と感じる。
つまり、
好きな気持ちそのものが完全になくなったのではなく、怖さによって“好きだった相手”を心の中に持っていられなくなった。
そんなこともあるのかもしれません。
だから、
「また冷めた」
「私はおかしい」
「私は人を愛せないんだ」
と、すぐに決めなくてもいい。
まずは、
冷める直前、心の中で何が起きていたのか。
そこを見てみる。
「嫌い」のすぐ下に、
「怖かった」
が隠れていることがあります。
そして少しずつ、
好きと嫌いを同時に持つ。
良いところと悪いところを同時に見る。
近づいても、自分を失わない。
離れても、関係のすべてが消えたと思わない。
そんな感覚を育てていく。
愛着が安定していくというのは、
「誰かをずっと好きでいられるようになること」
でも、
「誰にも頼らなくなること」
でもありません。
相手も自分も、白か黒かだけではない一人の人間として見られるようになること。
もしかすると、それも、
「安心して人とつながる」
ということの一つなのだと思います。


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